一浪一留ロンダ東大院生が長かった学生生活を振り返る自己満なブログ

奈良県に生まれる→田舎のガリ勉学校→精神に異常をきたす→一浪で大阪大学合格→留年→就活失敗→院試に切替→東大院→大手ICT企業勤務予定の、一通り学生生活を経験した東大院生が、大学生や高校生向けに情報発信する場です。もう26歳になりました。

意識高いことを口にするのは悪くないが、「意識高い系」と口にするのは悪いという話

こんにちは!

先日こんな記事を読みました。

toyokeizai.net

 

巷でよく聞く意識高い系」に関する記事です。


「あなたは意識高い系ですね。」

と人から言われると、あなたはどのように感じるでしょうか?

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意識高い系」は褒め言葉ではない

意識高い系と言われて喜ぶ人はあまりいないと思います。僕が意識高い系と言われている人の特徴として把握しているのは、

  • 行動が伴わない
  • 偉い人に会っていい気になっている
  • 自己啓発本にいかにも書いてありそうな言葉を話したがる

感じの人かなと思っています。

一言で言うと、「口先だけ」ということでしょう。やたらでかい目標を堂々と口にするが、行動としては表れていないような人のことを巷では指すのだと認識しています。

でも少し、考えてみてください。

でかい目標をたて、それを宣言する

これ、何かものごとを成し遂げるときにとても大事なんじゃないですか。

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僕も大学受験のときは「東大に合格する」という目標を立てて、宣言して、それにより集まった同志たちと切磋琢磨して勉強しました。

院試のときは「意識高い系」と言われるのが嫌なので、宣言はしなかったですが、目標は頭の中でつねに反芻していましたね。


意識高い系は誰もが通る道

冒頭で紹介した記事の本文にも書いてありますが、人間のやる気には

  • 内発的なやる気
  • 集中欲求によるやる気

があり、これらは同居しているようです。

何かを成し遂げようとするとき、必ず「目標設定」「モチベーション」が大切になってきます。これらは内発的なやる気よりも、どちらかといえば集中欲求が原動力になると僕は思います。

なので、意識高い系と言われる人たちは、何か成し遂げるためのファーストアクションとして、この目標設定を宣言し、モチベーションを維持しようとしている人たちを言うのではないでしょうか。

だとすれば、誰しも何かを成し遂げるときに、やりたい事があり、やる気もあり、モチベーションもあるが、今はまだ成果が伴っていない、潜在的な「意識高い系」を経るのではないでしょうか。

 

意識高い系」と揶揄する側になってはいけない

一番してはいけないのが、何か目標に向かって頑張っている人、その目標を明確にするために、モチベーションを維持するために、口にだして宣言している人を「意識高い系」と揶揄することです。

僕は、揶揄する人の魂胆にあるのは、「頑張っている人に対する妬み」だと思います。

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自分も何かやりとげたい。

いい大学に行きたい
お金持ちになりたい
かわいい彼女が欲しい

そんな欲求があるけど、具体的に何をしたらいいかわからない。悶々としている。

だから、何か目標を持って具体的に行動している人を見ると、嫉妬してしまい、攻撃したくなるのです。

これは、裏を返せば、何のアクションも起こせていない自分を正当化しようとしていることになります。

何事も行動することが大事です。だから口先だけでも行動している「意識高い系」の人たちは、スタートを切れている点で、何もしない人より進んでいます。

むしろ、口に出して宣言することで、もし目標を達成できなかったら、恥ずかしい思いをするように、自分を追い込んでいるので、僕は尊敬します。



何も行動せずにただ揶揄するだけの人には絶対になってはいけません。

 

まとめ

意識高い系の人を見て、「意識高い系」と言ったり思ったりする習慣をなくしましょう。

もし、身の回りに

  • 難関大学行くぞ!
  • 起業するぞ!
  • 金持ちになるぞ!
  • クリスマスまでに彼女つくるぞ!

的なことを言っている人がいたら、嫉妬しないで応援してあげましょう!

目標の内容が良いか悪いかは別にして、目標を設定して、行動を起こそうとすることは立派なことです。挑戦から学ぶことは計り知れません。

例え、結果がでなくても、途中で挫折してしまっても。