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一浪一留ロンダ東大院生が長かった学生生活を振り返る自己満なブログ

奈良県に生まれる→田舎のガリ勉学校→精神に異常をきたす→一浪で大阪大学合格→留年→就活失敗→院試に切替→東大院→大手ICT企業勤務予定の、一通り学生生活を経験した東大院生が、大学生や高校生向けに情報発信する場です。もう26歳になりました。

このブログと管理人について

こんにちは、タケポンと申します。

 

このブログの目的

このブログでは、浪人留年院ロンダと、学生の節目節目を経験し終えた理系東大院生が、大学生や高校生目線で、できるだけ役に立つ情報を発信していくことを目的としています。

 

このブログの特徴

  • すべて自分の経験を元にしている
  • 勉強に限らず、学生生活全般に役立つ情報が得られる

このブログで発信することは、すべて僕の実体験が元になっています。

もともとは大学生向けの院試指導をメインに立ち上げたブログですが、ひとりでも多くの大学生、高校生が自分より豊かな学生生活を送ってもらえるように、勉強に限らず、学生生活全般に役立つ内容をお送りしたいと思います。


ブログを書き始めようと思ったいきさつは こちら です。



記事の感想や、意見など歓迎いたします。コメント欄よりご記入ください。

 

このブログの管理人

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自己紹介がてら、自分史的なのを書いてみました。ちょっと長いです。
とりあえずどんな人間か知りたい人はプロフィール欄をごらんください。
(所要時間:5分)

 

 

① 奈良県の田舎に生まれる 

奈良県は人口の90%以上が奈良盆地に集中していて、後は山ばかりです。その奈良盆地と山岳地帯の境界で生まれました。

 

大学受験で予備校に通うために大阪に出るまで、コンビニに行ったことがありませんでした。

 

 

② 田舎の中高一貫校を卒業

地元の中学校がかなり荒れていたので、もともといじめられっ子だった僕は、少しでも平穏を求めて、家から一番近い私立の中高一貫校に進学しました。

 

有名なスパルタ学校で、高校では部活も禁止で、徹底的に勉強させられました。

 

持ち前の真面目な性格から、先生に言われるがままに勉強に徹したおかげで、成績はよく、先生から東大を目指すようにいわれました。

 

しかし、井の中の蛙とはこのことで、高3になり、東大模試を受験して、はじめて東大には到底及ばないことがわかり、ショックを受けました。

 

しかし、そこは持ち前の負けず嫌いの性格で、しぶとく最後まで東大を目指し続けました。

 

しかし、入試はあっけないくらいの完全敗北でした。

 

 

③ 大阪の予備校に入学

両親からは一浪までは許すと言われていたので、大阪のK塾に入塾。

 

成績は順調にあがり、東大模試ではA判定が出るようになるが、センター試験後に失速してしまい、前期はまたもや不合格。

 

後期で阪大に滑り込み、受験生活を終えました。

 

2年間で前中後期合わせて5回も国公立大学を受験しました笑

 

 

④ 大阪大学に入学

2年間の受験勉強で疲弊し、総うつ状態になる。

 

何にも興味を持てず、何もやる気がでず、周囲との馴染めず、とりあえずボッチ回避のために、サークルに入る。

 

しかし、やはり大学生活を謳歌する周囲に馴染むことができず、結局、なんともいえない虚無感に襲われる。

 

とりあえず大学生なのだから、サークルを楽しもう、サークルを楽しむためには、お金が必要だ。そうだ、バイトをしよう、というわけで、アルバイトを始める。

 

結局、サークルとアルバイトときどき授業という、典型的なダメ大学生の生活サイクルに陥ってしまう。

 

相変わらず学業には興味を見いだせないままで、ずるずる成績は下降。

 

結果、留年してしまう。

 

 

⑤ まさか自分が留年するとは? 

休学ではなく、留年。それも単位不足での留年。

 

最初は留年した自覚もなく、1年間で2単位取得する以外にやる事がないという、異常事態であることをなかなか自覚できないでいる。

  

何をしようか考えても、何をするにもお金が必要なので、とりあえず、バイトすることに。

 

留年前からしていたバイトに加え、ハム工場のピッキング、ファーストフード店員を掛け持ちして、週8勤務をこなし、2ヶ月で何とか30万円ためる。

 

 

⑥ もうこんな自由な時間はないだろうな〜40日の沖縄旅行〜

何とかためた30万円で、海外でバックパッカーする、というような、アクティブな活動はせず、交通費が安価で、サークルの合宿で行って、楽しかった沖縄に行くことに。

 

石垣島の一泊1000円のゲストハウスを拠点に、八重山諸島の離島を放浪する。

 

釣りが趣味なので、釣りをしたりもする。

 

与那国島では、学校を休学して、居酒屋でアルバイトしている(法律的にはアウトだが)中学生や、国境の研究をしにきていた法政大学の院生と一緒に釣りやサイクリング

をして、離島のスローライフを満喫する。

 

特に目的もない旅行だったが、最高のモラトリアムを経験する。

 
 

⑦ とりあえず経済的に自立したいので就職活動

旅行を終えてからは、就職活動をしました。

特にやりたいことや夢などありませんでしたが、浪人留年で年を食っている上に、親のすねをかじっていることが情けなくなり、とりあえず、就職して経済的自立を目指しました。

理系だったので、周りはわりと大学院進学していましたが、専攻していた工学を始め、理系科目への興味も完全に失っていたので、この時点では進学という選択肢は一切ありませんでした。


⑧ 現実は難しい〜一回も面接が通らなかった就職活動〜

当時の就職活動は12月広報活動開始、4月選考開始でした。
12月にリクナビマイナビにプレエントリーして、合説行って、個別説明会行って、一社だけリク面して、4月から面接に臨みました。

しかし、1回も面接に通りませんでした。

原因はいろいろありますが(ココらへんもいずれ記事にします)、就職活動の失敗を通して、今までの学生生活を猛反省することができました。


⑨ もう1回学生生活をやり直したい〜院進学を決意〜

それなりの国立大学に通っていたので、学校推薦を使えばどこなりと就職することはできましたが、本当にこれでいいのかと考えた結果、もう一度学生生活をやり直すことを決意しました。

この時点で6月くらいです。

もともと大学院進学は考えておらず、専門の勉強をしたいとも思わなかったので、何か院試勉強のモチベーションになるものはないかと考え、大学受験のときに希望していた東大をもう一度目指してみることにしました。

過去問を見た感じ、得意科目だけで受験できそうだったので、多分今からでも受かるなと思い、3ヶ月間は一日10時間図書館にこもり勉強しました。

結果的に合格でき、阪大での卒論も無事書き終え、東大院に進学しました。

 


⑩ 〜はじめて真面目に学生生活を送る〜東大院生活

東大に進学してからは一応真面目に勉強しました。院試勉強である程度専門科目にも興味を持てていたので、授業を真面目に聴き、プロジェクト参加型の演習にも参加し、意識の高い学生生活を送りました。

就職活動はさすがは東大といったところで、どう転んでも名のしれた大手企業に就職できるような状況でした。

無事大手ITベンダーの内定をもらい、就活を終了。

 


⑪ 自分の経験が人に役に立てるのではと思いブログを始める

就職活動は学校推薦を利用したりなど、どちらかというと東大などの学歴の冠をかぶらせて頂き、採用していただいたような感じがした。

また同時に、今まで一番時間を費やしてきたと思う勉強という対価で得た学歴という肩書しか自分には備わっていないのではないか。もし、学歴という肩書を取っ払ったら、自分には何の価値も残らないのではないか。学閥社会にしがみつくしか生きる術がないのではないか。それならば、必然的に学歴が意味をなさなくなる今後、自分という個人の価値を見出さなければならないのではないかと考える。


自分という人間にはどんな社会的な価値があるのか、自分という人間が社会にどのような影響を与えることができるのかを試して見たいと思い、、自分の考え方や経験から得た教訓をブログという形で発信していこうと思う。

(学歴という冠を得る課程で得た教訓という価値を発信しているので、本質的には学歴という冠を脱ぎきれていない点はご勘弁。学歴が意味をなす社会では、学歴という肩書も個人の価値のひとつなのかもしれませんね。)

 

 


といった感じで、このブログを書いている今現在につながるという感じです。

現在は修論執筆に向けて追い込み中ですね。

残された学生生活もわずかですが、研究の傍ら少しでも、学生として学生目線で情報発信できればなと思います!